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札幌高等裁判所 平成5年(う)28号 判決 1993年6月08日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年一〇か月に処する。

原審における未決勾留日数中七〇日を右刑に算入する。

被告人から金七万円を追徴する。

理由

一  本件控訴の趣意は、札幌高等検察庁検察官検事井口衛提出(札幌地方検察庁検察官検事鶴田政純作成)の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人赤渕由紀彦提出の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

二1  論旨は、要するに、原判決は、以下のとおり、平成四年七月一日施行の「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」(以下「麻薬特例法」という。)所定の必要的追徴を遺脱した点で、法令適用の誤りがある旨主張する。

すなわち、原判決は、原判示第二の事実として、被告人が、平成四年七月二〇日ころ、宅配便を使って覚せい剤約2.5グラム在中の小包をK方に配達させ、もって、同人に対し、右覚せい剤約2.5グラムを代金七万円で譲り渡した旨の事実を認定し(なお、記録によれば、右七万円は、覚せい剤分と注射器分とを区別せず、両者を一括した代金であるところ、被告人は、その全額を受領していると認められる。)、これに覚せい剤取締法四一条の二第一項を適用していながら、右代金に相当する七万円について追徴していない。しかし、麻薬特例法によれば、被告人の得た右の代金七万円は、同法二条三項所定の「不法収益」に当たり(なお、同条二項五号参照)、同法一四条一項一号によりこれを没収すべきものであるところ、本件では、右の代金七万円(現金)は押収されておらず、金員として何ら特定されていないから、同法一七条一項にいう「没収することができないとき」に当たり、同条項によりその価額を追徴すべきものである。したがって、原判決には、右の必要的追徴を遺脱した点で、法令適用の誤りがあり、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである

というのである。

2  所論及び答弁にかんがみ、記録を調査して検討すると、まず原判決が、原判示第二の事実として、「被告人は、正当な理由がないのに、平成四年七月一八日ころ、札幌市中央区<番地略>のコンビニエンスストア『H』において、同店主の妻Y子に対し、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶粉末約2.5グラム在中の小包を宅配便として、お届け先『石川県加賀市<番地略>K』宛、依頼主『北海道札幌市中央区<番地略>T』名義で発送方を依頼し、情を知らない右Y子及び宅配便配達員らをして、同月二〇日ころ、右小包を加賀市<番地略>のK方に配達させ、もって、同人に対し、右覚せい剤約2.5グラムを代金七万円で譲り渡した」旨の事実を認定し、かつ、「適用法条」の欄で、この事実に対し、「覚せい剤取締法四一条の二第一項」を適用していながら、右代金七万円に関し、没収又は追徴の言渡しをしていないことは、その判文上明らかである。

そこで、原判決の右認定事実に基づいて考えると、平成四年七月一日施行の麻薬特例法によれば、原判示第二の「覚せい剤取締法四一条の二第一項の罪」は、麻薬特例法二条二項五号により同法にいわゆる「薬物犯罪」に当たるところ、記録に徴し、被告人は、原判示第二の代金七万円についてその全額を現金で受領していると認められるから、この被告人の取得した代金は、同条三項所定の「不法収益」に当たることが明らかである。そして、麻薬特例法は、一四条一項一号で、「不法収益」を没収すべき旨規定し、また、一七条一項で、「一四条一項の規定により没収すべき財産を没収することができないとき、…その価額を犯人から追徴する」と規定して、右不法収益につき必要的没収又は追徴を定めているところ、記録に照らすと、前記の代金七万円それ自体は捜査当初から押収されていないなど、原審当時これを没収することができない状況にあったと認められるから、原裁判所は、右一七条一項によりその価額を被告人から追徴すべき場合であったと判断することができる。

3 ところで、当裁判所の右判断は、原判決の「被告人がKに対し、覚せい剤約2.5グラムを代金七万円で譲り渡した」旨の認定に依拠するのものであるが、検察官は、これとやや異なり、その控訴趣意で、「右七万円は、本件覚せい剤のみの代金ではなく、これに添付した注射器約四本分の代金も含めたものであることが窺われるが、本件記録によれば、被告人は、Kに対し、代金の内訳を明らかにせず、覚せい剤と注射器をまとめて全部で七万円と告げたこと、Kから、注射器一本当たりの代金を尋ねられたのに対して何も答えず、注射器の本数についても、被告人において一方的に決めたこと、Kは、右七万円が注射器の代金を含むものかどうか分からなかったことが認められるので、被告人及びKの両名は、覚せい剤分と注射器分とを区別せず、両者を一括して代金を七万円としたものと認定すべきである」とした上で、「七万円全額が『不法収益』に当たると解すべきである」と主張するので、更に補足して説明する。

確かに、記録によれば、被告人とKとの間には、検察官主張のような事実関係のあったことがうかがわれ、前記の七万円は、覚せい剤分と注射器分を区別せず、両者の代金を一括したものと認めるのが相当であるが、更に記録を検討すると、被告人がKに送った注射器は、本件覚せい剤取引の付随品というべき関係にあって、それ自体が取引の本体でなく、むしろ、被告人とKとは、本体である覚せい剤譲渡の機会に、その契約中に併せて少数の注射器の譲渡を加えたものであり、したがって、注射器の代金、本数などを特に明らかにせず、その全体を一括して代金七万円と決めたものであり、そして、被告人においても、この趣旨で前記の七万円を取得したこと等の経緯が認められる。右経緯に徴すると、被告人の取得した右七万円は、覚せい剤の譲渡代金を本体としながらも、その一部に附属品というべき注射器の代金を不可分的に含めて一括取引された対価であり、その全体が本件の覚せい剤譲渡により得た財産、すなわち、麻薬特例法にいう「不法収益」に当たるものと認めるのが相当である。

そうすると、右七万円が、覚せい剤の代金のほか注射器の代金を不可分的に含むとしても、本件で右七万円全額を追徴すべきとの結論は何ら左右されない。

4 以上によると、原判決には、右七万円の必要的追徴を遺脱した点で、法令適用の誤りがあり、そして、この誤りが判決に影響を及ぼすことも明らかである。論旨は理由がある。

三  よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所において更に次のとおり判決する。

原判決が認定した事実(「累犯前科」欄の事実を含む。ただし、「認定事実」欄第二の九行目から一〇行目にかけて、「右覚せい剤約2.5グラムを代金七万円で譲り渡した。」とあるのは、前記二3で説示した趣旨に照らすと、いささか簡略にすぎて適切を欠くので、「右覚せい剤約2.5グラム(注射器数本を含む。)を代金七万円で譲り渡した。」と改める。)に原判決が挙示する処断刑を出すまでの各法条を適用し、その刑期の範囲内で被告人を懲役二年一〇か月に処し、刑法二一条を適用して原審の未決勾留日数のうち七〇日を右刑に算入し、原判示第二の犯行により被告人が取得した代金七万円(現金)は、麻薬特例法一四条一項一号にいう不法収益に該当するが、これを没収することができない場合であるから、同法一七条一項に従いその価額を被告人から追徴し、なお、原審及び当審の訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書により被告人に負担させないこととする。

(裁判長裁判官鈴木之夫 裁判官宮森輝雄 裁判官木口信之)

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